浄土真宗本願寺派東京ビハーラ

東京ビハーラの歩み

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浄土真宗 東京ビハーラの歩み

1988(昭和63)年4月に「高齢化社会にあって、老・病の人生の終わりを迎える人々に念仏者として精神的悩みを共にし、人間性豊かな援助を行う」ことを会の目的に掲げて、「浄土真宗東京ビハーラ」(以下東京ビハーラ)が発会しました。

発会当初はマスコミの関心は高く、NHK「こころの時代」などの番組の出演依頼や新聞取材が続きました。

活動としては、講師を迎えての研究会、病院訪問(見舞い、法話等)、特別養護老人ホーム訪問(法話・介護)、会誌「ビハーラ」の発行などです。「がん患者・家族語らいの会」は、発送当時より運営に関わり、2001(平成13)年3月よりは、当会主催として継続されてきました。電話相談は、1988(昭和63)年11月から始まり、当初は週2日午後のみでしたが、現在は平日の午後2~5時に会員20数名が交代で相談を受けています。現在の会員数は350名です。

東京教区のビハーラ活動
1992(平成4)年東京教区基幹運動委員会にビハーラ専門委員会が設置され、1993年にその委員会と東京ビハーラの共催で「ビハーラフォーラム」を開催されました。1995(平成7)年には、第二回目の『ビハーラ活動全国集会』が築地本願寺にて開催されました。

また、2002(平成14)年4月には、先の全国集会開催の受け皿として発足した「ビハーラ専門委員会」が解散し、新たに東京教区ビハーラ活動推進委員会として組織され、現在は、東京教区社会福祉推進協議会のなかに組み込まれ、東京教区内のビハーラ活動の推進にあたっています。

超宗派から浄土真宗へ
「がん患者・家族語らいの会」は、1988(昭和63)年8月から始まりました。築地本願寺の協力をいただき、毎月一回開催されて今日に至っています。「がん患者・家族語らいの会」は、発会当初より集いの内容は変わっていませんが、会のバックボーンである主催団体は変転しています。 その流れは次の通りです。

1. 1988(昭和63)年8月 仏教ホスピスの会主催として第一回開催
* 仏教ホスピスの会は、仏教情報センターの一部門の会であり、開催当初は、各宗の僧侶が参加していた。

2. 1994(平成6)年4月 仏教情報センターから「東京仏教ホスピスの会」として独立して、第81回「がん患者・家族語らいの集い」を開催。同時に、浄土真宗東京ビハーラは、「東京仏教ホスピスの会」とは協力関係を保ち、両会の共催という形式で集いが継続されてきた。

3. 2001(平成13)年3月、「東京仏教ホスピスの会」の解散にあたり、東京ビハーラが主体となって集いを継続してきた。

この主催団体の変更は、単に組織的な問題ではなく、会を支える考え方の変転でもあります。特に超宗派の団体である仏教情報センターからの独立は、会の活動や理念が純化する方向へ向かった表れでもありました。

苦しみに関わることが出発点
集いが始まった1985(昭和60)年のころは、脳死問題を主とする生命倫理など、いのちの問題がクローズアップしてきた時代です。1985(昭和60)年に真宗大谷派の田宮仁先生が、西洋のホスピスに代わる言葉として“ビハーラ”を提唱されました。また本願寺派においても翌1986(昭和61)年頃からビハーラ活動が論議され、ビハーラ実践活動研究会が発足したのが1988(昭和63)年4月です。まさにホスピス活動やビハーラの胎動期でした。

こうした胎動期の活動は、災害時の救助活動も同じですが「行動する」ことに意味があるようです。ところが時間の経過とともに「する」団体が多くなってくると、「する」こと以上に、何のためにといった理念や目的が問われてきます。「する」ことを通して何を実現するのかという本質が問われてくるのです。その問題意識の変化が、主催団体の超宗派の活動である仏教情報センターからの独立であったようです。

「する」ことの意味
会発足当初から大切にしてきた考え方があります。それは「本当のことを大切にする」「相手を変えようとしない」ことです。

集い発足当時は、患者への告知がなされず、その中で患者も家族も揺れ動いていました。自分の中で起こっている本当のことに向き合う。それが「本当のことを大切にする」ことです。

「相手を変えようとしない」とは、私の価値観や経験をもって推し量り、安易に苦しみの解決をもとめないことです。

“サイレントタイム”という言葉があります。世界の広海を行き交う船は、小さな力弱い船の発信しているSOSを受信するために、定まった時間に数分間、一斉に通信を中断したといいます。もしかしたらと耳を傾ける中に、出力の弱い、小さな船が見出される様子が思われます。「相手を変えようとしない」ことの積極的な意味は、この航海の約束に似ています。相手の苦しみを聞き、その苦しみを解決しようとせずに、苦しみの中に隠れている本当のことに関心を持ちつつ聞かせていただくなかに、色々な気づきが起こってくるのです。

また関わる人も、何もできないという自分の能力の限界を認めることも大事なことです。そこに自他共に尊重する場が育まれていくのです。

苦しみとは何か
苦しみが深まっていくということがあります。苦しみとは「思い通りにならない」ことですが、「思い通りにならない」内容は二種類あるようです。「私の職を失う」「私の健康を失う」といった私の○○が思い通りにならないという苦しみ。そして次は私の○○ではなく、私そのものが苦しみの対象となることです。私の○○が思い通りにならないから、私そのものが問題となる。それは皮相的な対象を起因する苦しみから、構造的な私の問題へと苦しみが深まっていくことです。この構造的な問題から来る苦しみこそスピリチュアルペインという言葉が問題としている領域なのでしょう。

私の苦しみは、構造的な問題に起因する。その理解から思い通りにならない現実を拒否して止まない自分への執着が明かになり、自分のとらわれを超えた境界の体験としてもたらされるのです。それは自己実現という自分の希望を実現させることではなく、如来の大悲や自然の働き、社会の恵みなどが明らかになり、自分を超えたより大きな世界にゆだねる時でもあります。

苦しみ(思い通りにならない)は失恋や失敗や病気でも体験しますが、死に直面して起こる苦しみこそ、最も大きな自我の危機の到来であり、この自我の危機こそ、回心の機縁となるのです。

浄土真宗とビハーラ
苦しみを通して苦しみの原因である自我の愚かさが明らかになる。それは、苦しみを通して、苦しみの底に流れている「一切の群生海、無始よりこのかた乃至今日今時に至るまで、穢悪汚染にして清浄の心なし」という自身の本質に触れていくときでもあります。その「清浄の心」なしという体験は、「清浄の心」のない私が、阿弥陀如来の慈しみによって肯定されていく時でもあります。

そのためには、関わる人も、死ぬ苦しみの解決にたいして、何もできない自分の無力さを認め、相手を変えていく努力を放棄することです。そして何もしてあげられない人をも肯定し、尊敬できる願いや価値観に開かれていることが重要です。そのための活動が、浄土真宗のビハーラ活動です。

文責:西原祐治